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『Let it go』をもっと和歌っぽく頑張ってみた。

◆はじめに
   ”『Let it go』をもっと和歌っぽく頑張ってみた。”

 ディズニーアニメ映画『アナと雪の女王』に使用されている楽曲『Let it go』を、つまり和歌っぽく古語で頑張って翻訳してみました。
 さて、タイトルに”もっと”とある通り、古語訳には先駆者様がいらっしゃいます。
 こちらがその先駆者たる Masaaki Shibata 様のツイッターアカウントとその古語訳です。
  ・Twitter : https://twitter.com/_mshibata/
  ・古語訳  : Let It Go 古語バージョン

 今回はそのShibata様の翻訳に刺激されつつも、自分なりにあれこれ縛りを設けながら制作してみました。(音数縛り、単語縛り、などなど)
 ただ、どうしてもShibata様の訳から変更できなかった部分もあり、その部分の流用は許可していただく形とさせていただいています。快く許可して下さったShibata様には、この場を借りてお礼を申し上げます。本当にありがとうございました!
 
 それでは、以下、歌詞、縛り一覧、歌詞解説、の順に記載いたします。






◆歌詞(私訳)

 夜(よう)さりて雪の峰(ね)の 跡だに分かず
 人なくて君ありし あさましきこと
 あはれ嵐か むべならむ
 塞(せ)きかぬるも 幸(ちは)ひ給(た)ばむ

 な入れそ な見えそ
 然(さ)るべきことざまたれ
 忍びて隠せど
 弊(つひ)えぬ

 さはれ さはれ などか敢(あ)へらるる
 さはれ さはれ 背(そむ)きて戸を鎖(さ)して
 謗(そし)りものならず
 風よ吹け
 凍つれど何(なに)しならず

 水を得し魚(いを)の心地なりて
 いかでか恐れに身を憚(はばか)らむ
 ときはいざ来たり なすべきぞを知る
 良しも悪(あ)しもなし ままに

 然(さ)こそあらめ 風となり空へ
 然(さ)こそあらめ 袖をさ濡らさじ
 此処にぞ我はある
 風よ吹け

 天(あめ)に舞ひ散り 地(つち)揺(ゆ)るに
 魂(たま)は冴ゆるし絵様(ゑやう)の渦(うづ)成し
 こころ凝(こご)りて滾(たぎ)つ氷(ひ)ぞ
 いざや帰るまじ 今ぞあらた

 誰(たれ)ぞ 我や さしあがる日のやうに
 誰(たれ)ぞ 我や み子はた果てぬ
 ひかり此処にあり
 風巻(しまき)なれ
 凍つれも何(なに)しならず


◆縛り一覧
 こちらが前提条件になった”縛り”一覧です。

No. 概要 優先度
1 古語の意味/用法が正しいこと S
2 歌にあった音数/単語の切れであること S
3 歌詞の意味/ニュアンスがあっていること S
4 古語っぽい文であること S
5 助詞・助動詞・「あり」「なし」を除き、単語を重複して使用していないこと A
6 言葉が綺麗なこと A
7 言葉の年代が合っていること B
8 原文と口の開閉が合っていること B
9 現代人が初見で意味を取り違える言葉ではないこと C

 基本的に、上から順の優先度ですが、文によって前後することもあります。
 以下に、簡単なご説明を。

1.古語の意味/用法が正しいこと
 読んで字の如し。不自然な使い方してないよね、ということですね。
 とはいえ専門知識のない身ですので、間違っている可能性は高いです。
 そのときは、どうぞコメント欄やツイッターでご指摘ください。

2.歌にあった音数/単語の切れであること
 歌なんだからリズムに合ってなきゃね! と頑張りました。
 1音で2語を歌う部分もありますが、それなりに歌いやすいものになったのでは。
 ……どうでしょう?

3.歌詞の意味/ニュアンスがあっていること
 優先度Sとはしていますが、これが大層むずかしくて……ままならない項目でした。
 やはり言語が違うと全く同じ意味合いとはいかないものですね。

4.古語っぽい文であること
 せっかくの古語です。これは外せません。
 それになにより格好いいですしね。

5.助詞・助動詞・「あり」「なし」を除き、単語を重複して使用していないこと
 なぜこんな項目があるかといいますと、この『Let it go』は似たようなニュアンスを、何度も何度も言い回しを変えて歌っていて、それが面白いなと思ったからです。
 原文があの手この手で表現してくれますので、私も「これは負けられない」と張り切ったわけです。
 結果はどうなったのか。詳細はのちの解説をご参照ください。

6.言葉が綺麗なこと
 主観以外の何者でもないという。
 もしも綺麗とおっしゃっていただけたなら、私は飛び上がって喜びます。

7.言葉の年代が合っていること
 製作中、頭に思い浮かべていたのは『源氏物語』や『枕草子』。つまり平安時代中期ではありますが、さて一体いかほど合っているものやら。
 いちおう、平安時代中期~末期という意識ではいます。しかしこれまた間違っている可能性は高しです。
 そのときは、どうぞコメント欄やツイッターでご指摘ください。

8.原文と口の開閉が合っていること
 おそらく公式日本語訳ではかなり優先度が高い項目ではないかと思われます。
 ミュージカルですからね。スクリーンのエルサとリンクしていなければいけません。
 私は素人である身を振りかざして、この項目にはかなり甘えさせていただきました。(母音がエとア……似てるからいいか!)みたいな。
 それでも出来る限り気を使って、単語の差し替えを何度も行ってみました。合っていると嬉しいし、気持よく歌えますしね。

9.現代人が初見で意味を取り違える言葉ではないこと
 これは人によっては、大変お怒りになる項目ではあると思いますが……。
 古人と現代人とでは捉え方が違う単語があります。例えば形容詞の「すさまじ」などがそうではないかと。古語での「すさまじ」は「おもしろくない。興ざめだ。」なんて意味も持っており、「すさまじきもの、昼ほゆる犬」という一文は「つまらないものといえば、昼に吠える犬」と訳します。
 こういった、両者の『隔たり』を考慮する必要はあるのか、と悩みましたが、
  ・歌に乗せた場合、アクセントや抑揚が変化し、より取り違えやすい
  ・専門的な知識を有さずとも、純粋に『格好いい』と楽しめるものにしたい
 と考え、この項目を入れました。


◆歌詞解説
 さて、折角の古文ですので、品詞分解をしつつ、一文一文、解説したいと思います。
 私の訳以外にも、公式訳やShibata様の訳にも触れながら進めていきます。
 かなり長文になりましたが、どうぞお付き合いください。
  ※『縛りNo.-』と書かれている部分は、マウスを持っていくと説明が表示されるのでご参考に。
  ※Shibata様訳は「先方訳」として表に記載しています。
  ※この解説を書いたあとに Sibata様が解説をしていた ことを知りましたが、
   せっかくなので、修正せずにおきます。最初に見たときの感想ってことで。

1パート目
出典 本文
原文 The snow glows white on the mountain tonight
Not a footprint to be seen.
原文訳 山では今夜、雪が白く輝き 足跡も判らない
公式訳 降り始めた雪は 足跡消して
先方訳 雪深み山の夜は 跡だに分かず
私訳 夜(よう)さりて雪の峰(ね)の 跡だに分かず
単語 品詞 意味
夜さり 名詞 夜となるころ。夜。今夜。/「さる」は来るという意味である「去る」の連用形から。
接続助詞 [接続:連用形] …ために。…から。…ので。
名詞 足跡
だに 副助詞 [接続:体言] (下に打消を伴って)…でさえ。…すら。
分か 他動詞 「分く」の未然形。区別する。分ける。判断する。
副助詞 [接続:未然形] 「ず」の終止形。…ない。
直訳 夜が来て、雪の峰の足跡さえわからない。

 まず目を引くのは、Shibata様の訳。『雪』も『山』も『夜』もきちんと組み込まれつつ、高品質の文になっています。言葉もとても綺麗ですね。
 古語といえば取っ付きにくいものですけれど、多くの方がこの一文でぐっと引きこまれたのではないでしょうか。
 公式訳のほうでは『山』と『夜』が欠けています。これはおそらく、
  ・エルサの仕草と合っていること(口の開閉も含む)
  ・歌で伝えたい部分が拾われていること
 が最優先事項であり、スクリーンの映像を見れば判断できる背景描写(『山』『夜』)は削ったのでしょう。必要十分です。
 他方、私の訳ですが、いきなりいくつか冒険をしています。まず『夜さりて』という使い方。『峰』は、普通は山頂を表すので、あの時点のエルサの状況とミスマッチです。静御前の和歌「吉野山 峰の白雪 ふみわけて 入りにし人の 跡ぞ恋しき」が似たような使い方をしているので、きっといいはずだと信じて採用していますが微妙なところです。(白拍子だから学がないんだよ、とかそういうオチはない……よね)
 危ない橋を渡ってまで、どうしてShibata様の訳から変えたかというと、出だしからの流用は流石にどうなんだ、という想いと、前後の文のつながりを強めたかった、という考えからです。あと、このちょっとやんわりとした表現が和歌っぽくていいんじゃないかな、とも。
 ちなみに、誰も”glows”を拾わなかったのが面白いなと思っています。この単語まで拾う余裕はないし、日本語の「輝く」は眩しすぎて短文で夜と合わせるのは大変ですもんね。

2パート目
出典 本文
原文 A kingdom of isolation,
and it looks like I'm the Queen
原文訳 隔絶の王国 私が女王様のようね
公式訳 真っ白な世界に一人の私
先方訳 ひとりゆく我こそ 新山守よ
私訳 人なくて君ありし あさましきこと
単語 品詞 意味
名詞 人。他人。
なく 形容詞 「なし」の連用形。いない。
接続助詞 [接続:連用形] …て。
名詞 主君。主人。
あり 自動詞 「あり」の連用形。いる。
副助詞 [接続:連用形] 強意の助詞。
あさまき 形容詞 「あさまし」の連体形。驚くばかりだ。情けない。あきれるほどひどい。見苦しい。みっともない。
こと 名詞 [接続:連体形] (文末に用いた場合)…ことだなあ。
直訳 民はいないのに主君はいる。見苦しいことだ。

 ああ、意訳じゃないと無理だ、と一瞬で状況判断をさせる文というのも素晴らしい。
 ”A kingdom of isolation”な上に”the Queen”です。これは無理だ。
 伝えたいことは何よりも「ひとりであること」。だから「(おそらく)悲しい気持ちであること」。さらに、この雪で覆われた周囲を「自国とは別のもうひとつの国に見立てていること」。こちらに注目して訳すべし、です。
 公式訳ではどの項目も(最後は弱いながら)満たしています。『一人の私』が閉ざされた『世界』にいます。ついでにいうと『真っ白な』というのは前回の”glows”を拾った形かもしれません。
 私のほうは、真ん中を強調してしまいました。感情を明文化すると裏読みができなくなるので、あまり感心しないやり方ではあります。ただ、『人なくて君ありし』と状況説明したのなら、古文のセオリーとして次に来るのは感想だろう……という、こう、こだわりが。
 縛りNo.2を考慮して、和歌っぽさを少し削った部分でもあります。初稿では『人ぞなく君ぞある』でしたが、流石に歌いにくかったので訂正。
 それから、公式訳と違うところといえば、”the Queen”を拾ってみたところでしょうか。
 Shibata様の訳も同じような要領で、『新山守』が採用されています。「私こそ新しい山を守る番人なのだ」と。つまり山の主人ということでしょうね。前向きなニュアンスもある『ゆく』取り立て表現の「こそ~よ」とが合わさって力強く言い切っている形になっていますが、ここまで来ると自分を皮肉っているとも取れるのが面白いところです。
 ただ一点、ちょっと否定的な感覚を書き記すなら、『山守』には身分の低いイメージが有るため、王族たるエルサを表す単語としてどうだろう、という思いはあります。本人が自称するのなら、なおのこと。王族が自分を蔑む行為は、ひいては自国の民をも侮辱する行為であると私には思えてしまうのがその理由です。王が低い身分になってしまったら、かしずく民はさらに下の身分ということになりますから、民を思うのなら例え駄目な王様でも王であれと思うのです。少なくともエルサは、(実績はともかく)無責任な王族には見えなかったし、民を嫌っているようには思えなかったので、「私は山守なんだ!」はやっぱり、なにか、違うなぁと。国民まで巻き込む自虐は似合わないなぁと。実に細かい、個人的な感覚の話ですけれど。
 ちなみに、このパートでは、最後の3音でエルサがパッと顔を上げていますので、最後の3音が独立した単語だとミュージカル的にとても綺麗になります。公式はさすが、このへんに抜かりはありません。私はすっぱり抜かりました。(縛りNo.2

3パート目
出典 本文
原文 The wind is howling like this swirling storm inside
原文訳 風が喚いているわ 私の心の嵐のように
公式訳 風が心にささやくの
先方訳 山颪漏る木の下風は
私訳 あはれ嵐か むべならむ
単語 品詞 意味
あはれ 感動詞 ああ。しみじみとした趣。悲しさ。寂しさ。
終助詞 [接続:体言] …なあ。詠嘆の意。
むべ 副詞 なるほど。もっともなことに。
なら 助動詞 [接続:副詞] 「なり」の未然形。…である。…だ。
助動詞 [接続:未然形] 「む」の終止形。…だろう。推量の意。
直訳 ああ嵐だ。そうだろうとも。

 おそらく本作品中でも屈指の意訳パート。
 ”like this swirling storm inside”を全部言外へ押しやってみました。「ああ、嵐が吹いている。そうでしょうね、だって……」といった感じでしょうか。こういう言い回しだと古典っぽさが増してうきうきしてきますね。
 Shibata様の訳のほうは、実は『漏る』の解釈に少し悩んでいるパートだったりします。終止形なのか、連体形なのか。おそらく終止形で、「山颪が漏れている。」と一度切れるのかな。
 『嵐』ではなく『颪』を使った理由を、もしも聞く機会が持てるのなら、ぜひ聞いてみたいところです。「山上などの高い所から吹き下ろす風。」を意味する言葉なので、「吹き下ろす」というニュアンスを採用したのでしょうか。「冬季に吹く」季節感を選んだのでしょうか。それとも『下風』との相性ゆえでしょうか。「下+風=颪」な実に解りやすい成り立ちのこの漢字は、国字と呼ばれる昔の日本人が作った和製漢字でもあります。
 『木の下風』は「このしたかぜ」と読み、「木の下を吹く風。」を意味する言葉です。それに加えて、『木』は『此』との掛詞なのでしょうね。『木の下風は』「木の下を吹く風は」ないし「私の心に吹く風は」といった意味合いになるのでは。
 さて、公式訳のほうは、ちょっと説明に困るパートです。というのも、このパートだけで終わらせると片手落ちで、本来ならば次のパートも合わせてようやくひとつの文章になるからです。この、原文と訳文とが1:1の関係にならなくなるという点は、注目すべき点ではないかと私は思っています。だって、もしも「歌詞を訳せ」と言われたら、普通はどう訳すでしょうか。一文一文訳すに決まっています。こんなふうな大胆なこと、そうそうできるものではありません。数ある単語の中から重要だとおぼしきものを選択し、時には二文、三文に引き伸ばし、言い回しすら改変して対応する。おそらく、すべてはミュージカルとしての完成度をあげるため。私の訳との違いは、優先順位の違いと言い換えられるのかもしれません。1パート目に列挙したあれらが、決して譲れない項目なのでしょう。プロの所業です。
 まあ、全部ただの予想ですけれどね。

4パート目
出典 本文
原文 Couldn't keep it in;
Heaven knows I tried
原文訳 抑えられなかった。でも努力したこと、神様は知ってるわ
公式訳 このままじゃだめなんだと
先方訳 神にはえ隠さじ
私訳 塞(せ)きかぬるも 幸(ちは)ひ給(た)ばむ
単語 品詞 意味
塞き 他動詞 「塞く」の連用形。せき止める。おさえとどめる。
かぬる 接尾語 [接続:連用形] かぬ」の連体形。(…することが)できない。
接続助詞 [接続:連体形] …けれども。
幸ひ 自動詞 「幸ふ」の連用形。(神が)霊力をもって加護する。
給ば 補助動詞 [接続:連用形] 「給ぶ」の終止形。…てくださる。
助動詞 [接続:未然形] 「む」の終止形。…だろう。推量の意。
直訳 抑えられないけれど、神は加護して下さるだろう。

 余談から入りますが、「神ぞ知る」と素直に訳すべきではない。そう感じたパートでした。
 これは文化の差によるもの、つまり「神ぞ知る」と”God knows.”との違いからくる感覚ではないかと思います。キリスト教圏の文化の中では、神はつねに人を見つめ加護するものであり、故に”God knows.”からは自分を後押ししてくれる心強さを覚えるものです。一方、日本の神様の場合はどうでしょう。日本の神々は普段たとえば山などにおわし、出てくる時といえば有事の際。そんな神様をもって「神は知っている」なんて言われたら……思い浮かぶのはだいたい後ろめたいことだったりするのでは。
 文章ならまだしも単語数が限られた歌の中では、この背景の違いが如実に現れるに違いない――そう判断し、「○○だけど、神様は肯定しているだろう」という形にしようと考えて、出来上がった結果がこちらです。
 4音で表現するのに、かなり苦労しました。素直に「給(たま)はむ」だと入らなかったから「給(た)ぶ」を選択してぎりぎり枠内に。それでも何とか収まって良かった。
 次いで、Shibata様の訳のほう。さて、どうでしょう。古文好きな人はわくわくしてこないでしょうか。「え~打消」です。授業で絶対に習ったであろうあの構文です。「とても…できない。」という意味ですね。1パート目の「だに~打消」(…でさえ)もかなりぐっとくる表現だったのに、さらにこれ。ここにきて、Shibata様の翻訳の優先順位が浮き上がってきたのではないでしょうか。つまり「大好きな古文の表現・言い回しをたくさん出すこと」これじゃないかな、と私はにらんでいます。
 ともあれ、三者三様の優先順位、けっこう意識すると面白いかもしれませんね。

5パート目
出典 本文
原文 Don't let them in,
don't let them see
原文訳 彼らを入れるな。見られるな
公式訳 戸惑い傷つき
先方訳 なさせそ、な見えそ
私訳 な入れそ な見えそ
単語 品詞 意味
な~そ 陳述表現 [接続:連用形] …(し)てくれるな。
入れ 他動詞 「入る」の連用形。入らせる。入れる。
見え 自動詞 「見ゆ」の連用形。見られる。
直訳 入らせるな。見られるな。

 ここで「な~そ」の構文を使うという秀逸さ。
 私がShibata様の訳を読み進めて最初に「凄い!」と思ったのがこのパートであり、だから、これを改変することなど到底できませんでした。
 ただ、ちょっとだけ原文よりに変更しています。縛りNo.8を犠牲にして縛りNo.3を採用。
 「な~そ」(…してくれるな)は、またもや古文好きを喜ばせるいい表現ですよね。何よりも音数がバッチリなのが素晴らしく、文句のつけようがありません。
 さて、公式訳のほうですが、なかなか取り立てて話題にするのが厳しくなってまいりました。(前パートでも話題にしませんでしたし。)意訳に意訳を重ねたこれに、どう言及すれば良いものか。
 そこで、申し訳ないけれどこれ以降は、なにか話したい点が見つかった時だけ公式訳に触れたいと思います。

6パート目
出典 本文
原文 Be the good girl you always have to be
原文訳 いつもいい子でいなさい
公式訳 誰にも打ち明けずに
先方訳 つねには用意すべし
私訳 然(さ)るべきことざまたれ
単語 品詞 意味
然るべき 連語 そうなるのが当然な。それにふさわしい。立派な。優れた。
ことざま 名詞 人柄。心の有り様。
たれ 助動詞 [接続:体言] 「たり」の命令形。…である。
直訳 当然そうあるべき、立派な人柄でありなさい。

 もうすでに一人前の女性であるエルサが口にする”good girl”。ああ、子供の頃に言われていたんだなぁと、当時を偲ばせる良い単語です。
 しかし流石に日本語で、しかも4+6の10音で表現するのはちょっと不可能でした。
 「然るべきことざまたれ」という言い回しには少し自信がないものの(縛りNo.1)、口の開閉(縛りNo.8)はわりといい線いっているのではないでしょうか。
 それから、Shibata様の訳の『用意』は、私としては縛りNo.9に触発して使用できませんでした。古語の『用意』にも現代と同じ意味があるのですが、それ以上に「気遣い。配慮。」といった意味があり、今回の場合こちらになります。
 Shibata様の訳といえば、(おそらく)強調を意味する係助詞の『は』がいい仕事をしていますね。音数を合わせ、『つねに』を強調しています。
 このパートのエルサは、ちょっと口を尖らせながら、人差し指を立ててそれをリズミカルに振り下ろし、まさに「子供に言い聞かせるように」歌っています。可愛らしくて好きなパートです。

7パート目
出典 本文
原文 Conceal, don't feel,
don't let them know
原文訳 秘密にして、感情も殺し、知られてはいけない
公式訳 悩んでたそれももう
先方訳 ふたぎて、隠しね
私訳 忍びて隠せど
単語 品詞 意味
忍び 自/他動詞 「忍ぶ」の連用形。こらえる。我慢する。人目を避ける。隠れ忍ぶ。
接続助詞 [接続:連用形] …て。
隠せ 他動詞 「隠す」の已然形。隠す。秘密にする。
接続助詞 [接続:已然形] …けれども。
直訳 こらえ隠していたけれど

 忍者万能説。
 いや、何の話かって言うと「忍ぶ」の話です。(忍者あんま関係ない)
 音数が同じとき、音節を分節単位とする英語は、拍を分節単位とする日本語に比べ、たくさんの単語を入れられる分、たくさんの意味を込められます。ですので、こうやって英語の歌を日本語に訳す際には、どの単語を「削るか」に焦点があたることが多いです。今回の場合も大半がそうでした。
 そう、大半です。
 ここに例外が存在します。
 なんと”Conceal”も”don't feel”も、”don't let them know”も、だいたい「忍ぶ」で言い表せてしまうという万能感。「忍ぶ」凄い。
 『忍びて』の時点で訳は終わったから、さて残りの4音をどう使おう、なんて悩んだのはまさにここだけです。いい経験でした。
 『隠す』にくっついている「逆接の確定条件」の助動詞は、「も」「ど」の候補のうち、縛りNo.4から「ど」を採用しました。歌いやすさ(縛りNo.8)重視だと「も」のほうに軍配が上がりますが、ここは格好良さの犠牲になってもらいます。南無。
 Shibata様の訳のほうは、『ふたぎて』という耳に馴染みのない単語が登場していますね。「ふさぐ」は昔こんな発音だったんだなぁと時代に思いを馳せたくなります。『ね』のほうは願望を意味する終助詞でしょうか。「…してくれ」というような。
 このパートのエルサは、最後の”know”のところでぐっと両手で拳を握り、口を大きく開けて、身体に力を込めながら顔をあげます。まさに『もう』と言っているような立ち振舞。公式訳の、このミュージカルへの配慮にはただただ感服するばかりです。

8パート目
出典 本文
原文 Well now they know
原文訳 だけどもう知られてしまった
公式訳 やめよう
先方訳 いかでか
私訳 弊(つひ)えぬ
単語 品詞 意味
弊え 自動詞 「弊ゆ」の連用形。崩れる。破れる。
助動詞 [接続:連用形] 「ぬ」の終止形。…てしまった。完了の意。
直訳 崩れてしまった。

 最後の母音が/u/になってしまったのが、実に悔しい。(縛りNo.8
 優先順位の低い項目であるとはいえ、勢い良く伸ばす最後の音は歌いやすい母音でありたいところです。
 まあでも、4音できちんと訳せたので、わりと満足な結果でもあります。
 さて、私の屈指の意訳が3パート目だとしたら、Shibata様のそれはここではないでしょうか。
 『いかでか』。これだけしか語らない素晴らしさ。「どうして…か」反語だけを表していますが、何が隠されているかは明白ですね。
 黙して多くを語らないのが古文、ひいては日本語の面白さ。ハイ・コンテクストな文化として最上位に選ばれた実績は伊達じゃありません。誇るべき文化ではないでしょうか。(何より、歌詞だととても助かります)

9パート目
出典 本文
原文 Let it go, let it go
Can't hold it back anymore
原文訳 これでいいの もう隠すことなんてできない
公式訳 ありのままの 姿見せるのよ
先方訳 ままよ、ままよ さもあればあれ
私訳 さはれ さはれ などか敢(あ)へらるる
単語 品詞 意味
さはれ 感動詞 えい、ままよ。どうとでもなれ。
などか 副詞 [接続:連用形] どうして…か、いや、…ない。反語の意。結びの言葉は連体形。
敢へ 自動詞 「敢ふ」の未然形。堪える。我慢する。持ちこたえる。
らるる 副助詞 [接続:未然形] 「らる」の連体形。…することができる。
直訳 もうどうとでもなれ。どうして堪えることができようか。

 公式訳とShibata様の訳での白眉な点は、”Let it go”と対応する言葉の語尾の母音が/o/である点ではないでしょうか。原文とバッチリ合っています。
 私は毎度のことながら、別の縛りを優先して縛りNo.8は尊い犠牲に。
 『ままよ』でもかなり意味は合っているのですけれど、
  ・調べた限り、初出は戦国時代の『史記抄』(縛りNo.7
  ・ちょっと武士っぽく感じる(縛りNo.3縛りNo.9のブレンド)
 といった感覚があって、こちらを採用しています。
 それと、”Let it go”の対応訳は3パターンあるのですが、どれも自動詞「あり」が関わってるほうがちょっと綺麗かなぁという、これまた主観の判断も影響しています。※『さはれ』は、副詞「さ」+係助詞「は」+自動詞「あり」の命令形「あれ」が成り立ち
 もう一方の『などか敢へらるる』は、縛りNo.1縛りNo.2縛りNo.3縛りNo.4縛りNo.6縛りNo.8、のどれも満たしていて、わりとお気に入りなフレーズです。
 このパートで面白いのは、Shibata様の『さもあればあれ』
 ”Can't hold it back anymore”ではなく”Let it go”の強調です。バッサリ後ろを捨てた理由は、
  ・「もう隠せない」ことは前パートで散々言ったから不要
  ・『さもあればあれ』っていいよね
 とかじゃないかな、と。
 『さもあらばあれ』は、『宇津保物語』や『伊勢物語』にも用いられている由緒正しき成語であり、これまた古文好きをくすぐる素敵な言葉。『さもあればあれ』っていいですよね。

10パート目
出典 本文
原文 Let it go, let it go
Turn away and slam the door
原文訳 これでいいの 背を向けてドアを閉ざして
公式訳 ありのままの 自分になるの
先方訳 ままよ、ままよ 置きて門鎖せ
私訳 さはれ さはれ 背(そむ)きて戸を鎖(さ)して
単語 品詞 意味
背き 自動詞 「背く」の連用形。背中を向ける。背く。世間や人のもとから離れ去る。
接続助詞 [接続:連用形] …て。
名詞 戸。扉。
鎖し 他動詞 「鎖す」の連用形。門や戸を閉ざす。
接続助詞 [接続:連用形] …て。
直訳 もうどうとでもなれ。背を向けて、扉を閉ざして

 音数(縛りNo.2)で四苦八苦したパートです。いちおう、
   > Turn:そ  away:むき and:て  slam:と~を the:さ door:して
 となっている……はず。
 『むき』をいち単語と対応させているのが違和感の元凶な気はするのですが、さりとて代替え案も思いつかず。
 加えて、接続助詞「て」が連続しているのもつらいところ。(縛りNo.6
 最初は意訳していたこのパート、しかし「アナと雪の女王」という作品の中で”door”は外せない要素であるはずだと考え、きちんと訳すよう変更しました。
 Shibata様とは、単語のチョイスがちょっと違ってて面白いですね。『置きて』には「間隔をおく。」という意味の他にも「心に隔たりをおく。気兼ねする。」という意味もあり、現代語だと「心置きなく」や「気が置けない」といった形で残っている言葉です。「気が置けない」がどうして「気が置ける」ではなく「気が置けない」なのか。その答えがここに。
 いやはや、勉強になりますね。

11パート目
出典 本文
原文 I don't care
what they're going to say
原文訳 彼らが何と言おうと気にしないわ
公式訳 何も恐くない
先方訳 いさや 人は言へ
私訳 謗(そし)りものならず
単語 品詞 意味
謗り 名詞 悪口。非難。
ものならず 連語 問題ではない。たいしたことではない。
直訳 悪口など問題ではない。

 『いさや 人は言へ』
 格好いいですよね。「言いたきゃ言え」という感じがとても歌にあっています。
 じゃあなんで流用しなかったんだよ、と言う話になりますが、「いさや」にちょっと違和感があって躊躇したのが理由です。
 私が調べた限りなのですが、「いさや」は「さあ、どうでしょうねぇ(不賛同 or はぐらかし)」の感動詞らしくて、歌の意味として合っているような合っていないような、なんとも微妙なところで確証が持てず、縛りNo.1が発動しました。
 このパートの訳は、公式が一番うまいのでは、と思っています。「他人の意見なんて気にしない」という意味はごっそり抜けていますが、ニュアンスはバッチリはまっていますね。

12パート目
出典 本文
原文 Let the storm rage on.
原文訳 嵐よ吹き荒れなさい
公式訳 風よ吹け
先方訳 風よ吹け
私訳 風よ吹け
単語 品詞 意味
- - -
直訳 風よ吹け。

 解説のしどころは何もない代わりに、見てください、この清々しさ。
 満場一致です。実に綺麗だ。

13パート目
出典 本文
原文 The cold never bothered me anyway
原文訳 寒さに悩まされたことなんてないものね
公式訳 少しも寒くないわ
先方訳 などかは寒かるべき
私訳 凍つれど何(なに)しならず
単語 品詞 意味
凍つれ 自動詞 「凍つ」の已然形。凍る。いてつく。
接続助詞 [接続:已然形] …けれども。
何ならず 連語 何ということもない。
副助詞 [接続:体言] 強意の助詞。
直訳 凍っても何ということもない。

 できることならば、原文にある「お茶目さ」を表現したかったのですが……。残念無念。
 スクリーンのエルサがちょっと得意げな顔をしているのは、この一文に「もともと寒さなんて平気だけどね」みたいなニュアンスが含まれているからです。ふふん、といった感じですね。
 日本語で、しかも4音+6音で、口の開閉も考えて……とやってると厳しすぎて、泣く泣く断念しました。お茶目なエルサ、可愛いんだけどなぁ。
 しかしまあ、『凍つれど何しならず』は妙にテンポがいいので、これはこれでわりと好きだったりします。
 そして、Shibata様のほうは、ついに「などか」が登場。反語です! 「いかでか」の時にも味わった、反語というだけでわくわくするこの気持ち。しかも、係助詞の「か」が含まれているから結びが連体形になっているという憎らしさ。
 まさに古文、な一文ですよね。

14パート目
出典 本文
原文 It's funny how some distance
Makes everything seem small
原文訳 笑っちゃうわ。少しの距離で何もかもが小さく見える
公式訳 悩んでたことが嘘みたいね
先方訳 漕ぎ出でて見れば やすげなり
私訳 水を得し魚(いを)の心地なりて
単語 品詞 意味
他動詞 「得」の連用形。手に入れる。自分のものにする。
接続助詞 [接続:連用形] 「き」の連体形。…た。
心地 名詞 気持ち。気分。
なり 助動詞 [接続:体言] 「なり」の連用形。…である。
接続助詞 [接続:連用形] …て。
直訳 水を得た魚の気持ちの状態で

 悩みに悩みに悩んで、意訳を選択したパートです。
 このパートはもうとにかく公式訳がうまい。歌の真意、「状況が変わったことにより心が軽くなり、それを楽しく感じていること」がきちんと表現されています。脱帽です。
 私のほうはことわざに逃げてしまいました。言い出しっぺは蜀の劉備さんらしいので、時代縛り(No.7)は満たしているはず。……たぶん。
 でも逃げた甲斐あって、上記の歌の真意は入ったのではないでしょうか。(ちょっと”funny”どころじゃないうきうき感だけど)
 ちなみに最後の”distance”に『魚の』という3音を全部乗っけるので、リズムはともかく、原文の歌い方とはミスマッチになっております。ご了承ください。
 Shibata様のほうは、実はちょっと歌の意味に合っていないんじゃないかな、と感じるパートだったりします。
 というのは、ここの『やすげなり』。意味は「気楽”そう”だ」であるはずなので、今まさに楽しいと感じているエルサ本人の言葉としては少し妙です。私の解釈が合っているのなら、変えて欲しいなと思っている単語だったりします。
 それから、もう一つの『漕ぎ出でて見れば』のほう。和歌の話なので長くなってしまうのですが。
 このフレーズで真っ先に浮かぶのは百人一首76番「わたの原 漕ぎ出でて見れば 久かたの 雲ゐにまがふ 沖つ白波」であり、一種の本歌取りのように思えますが、これがなんとももどかしい状態になっています。
 これを本歌取りだとするとちょっと具合が悪いのです。この一句は小さく見える船(自分)と雄大な海原を詠んだ歌なので、困ったことに、このパートの歌意と真逆になります。ここでのエルサは、遠くの景色を見て「なんて小さいんだ」と面白がってますからね。それに、本歌がゆったり構えた雰囲気なのもそぐわない点で、ようやく割り切って状況を楽しみ始めたエルサにこれをぶつけると、エルサ自身が狭量に感じられる危険性があります。
 同じ「漕ぎ出だす」系ならば、百人一首11番「わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り舟」のほうが適切です。こちらの一句は終始暗いムードが漂っているので、それを意識させたあとでの「やすし」はとても破壊力があります。流刑に処されたときの歌なので、エルサの状況にもマッチしてますしね。大らかな76番が本歌だと「広大でポジティブな雰囲気だな」と意識させたあとでの「やすし」。……出だしからそうだったじゃないか、そりゃそうだよね。という感想になりかねません。
 なので、本歌取りと判断するのなら11番を本歌と見なしたいところだけど、文字の一致具合から76番を無視できない。しかし、76番を本歌にするのは良いと思えない。なんとももどかしい状態なのです。単純に、「和歌の一文を流用した」という認識がベターかなと思ったりもしています。
 本歌取りは良くも悪くも、もとの歌のイメージを読み手に意識させるので、なかなか難しい技術です。

15パート目
出典 本文
原文 And the fears that once controlled me
Can't get to me at all
原文訳 私を支配していた恐怖も、もう私に触れることすらできない
公式訳 だってもう自由よ 何でも出来る
先方訳 心の鬼も 消えにけり
私訳 いかでか恐れに身を憚(はばか)らむ
単語 品詞 意味
いかでか 連語 どうして…か、いや、そんなはずはない。反語の意。
恐れ 名詞 恐怖
名詞 自分。わが身。身の上。境遇。
憚ら 自動詞 「憚る」の未然形。遠慮する。気がねする。嫌がる。
助動詞 [接続:未然形] 「む」の終止形。…だろう。推量の意。
直訳 どうして恐怖に自分を遠慮しようか。

 このパートもまた、公式訳がうまくてうまくて。歌の真意、「恐怖から解き放たれて、開放感に満ちあふれていること」がきちんと表現されています。脱帽です。
 私のほうは反語で広がりを表現してみましたが、『憚る』という単語は少し微妙ですね。奥ゆかしくて日本人らしいのだけど……(エルサ日本人じゃないけど)。
 とはいえ、縛りNo.1縛りNo.2縛りNo.3縛りNo.4縛りNo.6縛りNo.8、どれもそれなりに満たしている、十分満足なパートです。
 Shibata様のほうは、実はこちらもちょっと歌の意味に合っていないんじゃないかな、と感じるパートだったりします。
 気になる単語は『心の鬼』「よこしまな気持ち。良心の呵責。」という意味なので、外的刺激から縮こまる”fears”とちょっと意味合いが違うし、これを消すとなると、なんだかエルサが駄目な犯罪者みたいな。
 しかし、解釈でなんとでもなりそうな部分だし、『心の鬼』という単語に胸が高鳴るのも確か。書いていてなんですが、野暮なツッコミだとも思います。
 このパートのエルサは”get”のところでまさに「ゲットだぜ!」と言わんばかりの仕草をしてくれます。めっちゃ可愛いです。
 振り返って走りだす仕草は、言ふべきにもあらず。

16パート目
出典 本文
原文 It's time to see what I can do
To test the limits and break through
原文訳 そう今こそ、私のできることを知る時。限界を試してそれを打ち破る時よ
公式訳 どこまでやれるか 自分を試したいの
先方訳 今こそ見るべけれ えなさぬことなし
私訳 ときはいざ来たり なすべきぞを知る
単語 品詞 意味
とき 名詞 よい時機。好機。
いざ 感動詞 さあ。行動を起こすときに発する語。
自動詞 「来」の連用形。おとずれる。
たり 助動詞 [接続:連用形] 「たり」の終止形。…た。完了の意。
なす 他動詞 「成す」の終止形。行う。実現する。成就する。
べき 助動詞 [接続:終止形] 「べし」の連体形。《推量》…にちがいない。/《意志》(必ず)…しよう。/《可能》…できる。/《当然》当然…すべきだ。/《命令》…せよ。/《適当》…(する)のがふさわしい。
係助詞 [接続:諸々] 強意の助詞。受ける言葉は連体形。
知る 他動詞 「知る」の連体形。理解する。わきまえる。知る。
直訳 好機は来た。できることを知る(時が)。

 縛りNo.2的に、もどかしい結果となったパートです。音数は合っているのだけれど、切れが。『なすべ/きぞを知る』。それに、”test”と”break”は2音あったら嬉しいところ。
 語頭に副詞の「え」をつけて『えなすべき』とすることで音数を整えたかったのですが、下に肯定表現を伴う「え」は上代語だという……(縛りNo.7)。
 こういう着眼点になると、公式訳の軽やかさは、尊敬を通り越してため息が漏れるばかりです。訳も素晴らしいですね。
 唯一ちょっと満足なのは、「べし」を目一杯使い倒したところでしょうか。ご存知、「スイカトメテ」な6つの意味を持つ助動詞ですが、命令以外はかなり強く含まれているのでは。
 Shibata様の訳では、「え~打消」の表現が再来しました。「とても…でき(ない)。」という意味になる構文ですね。
 いやそれにしても、色んな構文が飛び出してきて、まさに古文好きによる翻訳だなぁと改めて思う次第です。

17パート目
出典 本文
原文 No right, no wrong, no rules for me,
I'm free!
原文訳 正しいとか、間違いだとか、そんなルール私にはない。私は自由よ!
公式訳 そうよ変わるのよ 私
先方訳 ほだしなく思いの ままに
私訳 良しも悪(あ)しもなし ままに
単語 品詞 意味
良し 形容詞 「良し」の終止形。りっぱだ。優れている。善良だ。好ましい。
悪し 形容詞 「悪し」の終止形。悪い。
なし 形容詞 「なし」の終止形。ない。
ままに 連語 …にまかせて。…ままに。…のとおりに。
直訳 良いも悪いもない。(心の)ままに。

 わりといい感じに纏まったんじゃないかなーとは思うものの、縛りNo.8というか子音が大変歌いづらいのがいかんともしがたく……。
 「し」です。音声記号で書くと[ɕ]です。環境によって文字化けするこの難解さ。無声歯茎硬口蓋摩擦音と書くと呪文のようですが、これは別にこいつに限ったわけじゃないので仕方がない。
 ちなみに余談ですが、し行は「し」以外は[s]の音声でして、こいつだけ除け者だったりします。ヘボン式でsa、shi、su、se、so、と書く理由は、音が違うからなのです。
 それにしても、『ほだし』というのが、また何ともはやなチョイスですよね。漢字にすると「絆」となり、「足かせ。妨げ。束縛するもの。」といった意味がある単語です。古文っぽい!
 サビ前の3音は、切れとしては「○/○○」となっていて、これまた公式訳はお見事。私もできればそれにならいたいのですが、いい単語が。どこかに落ちてないものか。

18パート目
出典 本文
原文 Let it go, let it go
I am one with the wind and sky
原文訳 そうこれでいいの 私は風や空とひとつになる
公式訳 ありのままで 空へ風に乗って
先方訳 さこそ、あらめ 風となり空に
私訳 然(さ)こそあらめ 風となり空へ
単語 品詞 意味
然こそ 連語 そのように。受ける言葉は已然形。
あら 自動詞 「あり」の未然形。いる。
助動詞 [接続:未然形] 「む」の已然形。…(し)よう。意志の意。
直訳 そのようにいよう。風になり空へ。

 ご覧のとおり、ほとんど変えなかった……というよりも変えられなかったパートです。
 いやしかし、『さこそ、あらめ』と訳したこのセンスには、敬服するより他ありません。
 『風となり空へ』のほうは、例によって例の如く、私の個人的な縛りを受けてできれば変更したかった部分ではあります。縛りNo.4が頭をちらついて離れないので、もし何か思いついたら差し替えたいなと思っています。原文では”one with the wind and sky”なので、風も空も一緒くたなんでしょうが、実に訳しにくいですね。悔しいなぁ。
 ちなみに助詞を「に」から「へ」に変えた理由は、縛りNo.8絡みで歌いやすさ重視にしたため。
 さて、このパートのエルサ。最初以外はカメラが引いているので表情が見えにくいのですが、よくよく見ると”sky”で気持ちよさそうに頭を振っていて、楽しそうです。こっちも嬉しくなってきますね。

19パート目
出典 本文
原文 Let it go, let it go
You'll never see me cry
原文訳 そうこれでいいの 私が泣く姿なんてもう誰も見ないわ
公式訳 ありのままで 飛び出してみるよ
先方訳 ままよ、ままよ さらに泣くまじ
私訳 然(さ)こそあらめ 袖をさ濡らさじ
単語 品詞 意味
袖を濡らさ 連語 「袖を濡らす」の未然形。涙を流して泣く。涙で袖をぬらす。
接頭語 [接続:動詞] 語調を整え、語意を強める。
助動詞 [接続:未然形] …するつもりはない。打消の意志の意。
直訳 そのようにいよう。涙で袖を濡らすつもりはない。

 比喩で泣くことを表現してみました。
 が、また「さ」「さ」「さ」…………ええいこの無声歯茎摩擦音ー!(たぶん滅びの呪文)
 摩擦音は歌いにくいから駄目ですね、本当に。
 音声はともかく、言葉としてはわりと気に入っています。着物の袖を目元に寄せて、よよよ、みたいなビジュアルが浮かぶのも良いんじゃないでしょうか(エルサ日本人じゃないけど)。
 私の訳し方では縛りNo.9の餌食になってしまった単語といえば、Shibata様の訳にある『さらに』。古語の『さらに』は、下に打消を伴うと「決して…(ない)。」という意味になる素敵な言葉。古文好きだけがこっそり意味を把握できるという玄人好みの言葉です。
 その点、『まじ』のほうは多くの方が古文として馴染みあるのではないでしょうか。打消推量打消意志といった、否定を含んだ助動詞ですね。『さらに』と合わさったことで「決して泣くまい」となり、原文の意味を綺麗に拾っています。お見事です。(私は”never”を拾う余裕がありませんでした。)
 ちなみに偶然ですが、スクリーンのエルサが強調している単語、”never”、”see”、 ”cry”が、「をさ」「濡ら」「さじ」と対応していて、ちょうどこちらも強調して欲しい単語に当っています。(「をさ」は「を」が焦点なので微妙ですが。)
 偶然とはいえ、少し嬉しくなりますね。

20パート目
出典 本文
原文 Here I stand
And here I'll stay
原文訳 私はここに立っている。ここにいるのよ
公式訳 二度と涙は
先方訳 我はここなり
私訳 此処にぞ我はある
単語 品詞 意味
係助詞 [接続:諸々] 強意の助詞。受ける言葉は連体形。
ある 自動詞 「あり」の連体形。いる。
直訳 ここにこそ私はいるんだ。

 『我はここなり。』
 完敗です。
 脱帽です。
 足りないものは何もなく、削るべきものもひとつもない。オイラーの等式を目の当たりにした数学者の心の一片が知れます。
 動かしがたい巌のようなこれを、しかし私は変えなければなりませんでした。
  ・言葉の焦点が”Here”や”stand”ではなく、”I”にあるように感じる(縛りNo.3
  ・武士っぽい(縛りNo.3縛りNo.9のブレンド)
 なかなか心が折れそうな作業でしたが、なんとかひねり出してみました。あまり意味合い自体は変えていませんし、まだまだ武士っぽくはありますが……。
 ただ、スクリーンのエルサが足を力強く打ち付けるタイミングで、強調の助動詞「ぞ」を当てられたのはかなり嬉しいところです。
 『此処』は、『此』にして音数を整えたほうがいいのか(縛りNo.2)、主観の言葉の綺麗さを優先した方がいいのか(縛りNo.6)、いまだに迷い続けています。『此処』のままでも歌えなくもない音数なのがまた。どちらがいいんでしょうね。
 ……早口で「ここ」と歌って貰えたら一番いいのかも。(問題丸投げ)

21パート目
出典 本文
原文 Let the storm rage on
原文訳 嵐よ吹き荒れなさい
公式訳 流さないわ
先方訳 風よ吹け
私訳 風よ吹け
単語 品詞 意味
- - -
直訳 風よ吹け。

 満場一致、崩れたり。多数決に移行ですね。
 公式訳の試行錯誤っぷりが窺えます。大変だったんだろうなぁ。

22パート目
出典 本文
原文 My power flurries through the air into the ground
My soul is spiraling in frozen fractals all around
And one thought crystallizes like an icy blast
原文訳 私の力は、大気から降りしきり大地を揺らし
私の魂は、凍てつく幾何学模様の渦をなして四方へ広がり
そして私の想いは、氷の爆風のような結晶になる
公式訳 冷たく大地を包み込み
高く舞い上がる思い出描いて
花咲く氷の結晶のように
先方訳 ちはやぶる神のいはばしる
水もこほりて千々に降りそそく
あはれ垂氷も珠のごと
私訳 天(あめ)に舞ひ散り 地(つち)揺(ゆ)るに
魂(たま)は冴ゆるし絵様(ゑやう)の渦(うづ)成し
こころ凝(こご)りて滾(たぎ)つ氷(ひ)ぞ
単語 品詞 意味
名詞
舞ひ 自動詞 「舞ふ」の連用形。動き回る。舞う。おどる。
散り 自動詞 「散る」の連用形。散り落ちる。
名詞 大地
揺る 他動詞 「揺る」の連体形。揺り動かす。特に、地震が起こる。
接続助詞 [接続:連体形] …と。…のうえに。
名詞 たましい。霊魂。
冴ゆる 自動詞 「冴ゆ」の連体形。冷え込む。冷たく凍る。
副助詞 [接続:連体形] 強意の助詞。
絵様 名詞 模様。画面。図案。
成し 他動詞 「成す」の連用形。作り上げる。実現する。成就する。
こころ 名詞 精神。心。気持ち。感情。精神状態。意志。意向。望み。
凝り 自動詞 「凝る」の連用形。寄り集まって固まる。密集する。凍る。
接続助詞 [接続:連用形] …して、それから。
滾つ 自動詞 「滾つ」の連体形。水がわき立ち、激しく流れる。心が激する。
名詞 水のこおったもの。こおり。
係助詞 [接続:諸々] 文末の場合、強い断定の意。
直訳 空に舞い散り、大地を揺らし、
魂は冷たく凍った図形の渦をなし、
思いは結び合って激しく流れるような氷であることぞ。

 かなりの量になりましたが、ここはブロック単位でひとつだろうと判断しました。
 公式訳なんて見てください。三文ごちゃ混ぜです。
   冷たく:frozen 大地を:into the ground 包み込み:in all around(?)
   高く舞い上がる:spiraling 思い出:soul/one thought 描いて:spiraling(?)
   花咲く:fractals 氷の:icy 結晶:crystallizes のように:like
 細部は違うでしょうが、だいたいこんな感じでパズルのように文章を作っています。
 しかし、”fractals”を『花咲く』と訳した発想にはもう乾杯です。完敗というより乾杯です。こんなの思いつかないぞ普通。
 さて、Shibata様の訳で楽しいのは、枕詞ですね。『ちはやぶる』神に掛かる枕詞「勢いが激しい」という意味なので、状況にも合っています。
 次の『いはばしる』「水が岩の上を激しく流れる」という意味の動詞ですが、こちらも枕詞です。掛かる言葉は「垂水(たるみ)」。エルサなので、点がちょんとついて「垂氷(たるひ)」になっているのはご愛嬌。
 『水もこほりて千々に降りそそく』で原文の一文目、二文目をフォローしています。
   水もこほりて:frozen 千々に:all around 降りそそく:flurries ~ ground
 こんな感じなのかな。
 最後の『あはれ垂氷も珠のごと』は、綺麗な文章ですよね。
 Shibata様の訳の何より凄いところは、『降りそそく』『垂氷も珠のごと』がスクリーンの映像とマッチしているところです。映像を見ながら歌うととても気持ちがいい歌詞ですね。
 さて、私の訳のほうなのですが。
 私の訳は、わりと直訳です。というか直訳です。
 『舞ひ』だとあまり勢いが表現できていなくて悲しいところですが、音数と母音の合う動詞が他になかったというのと、『天(あめ)』『地(つち)』を入れたかったという想いの結果による選択でした。
 二文目の”frozen”が「凍つ」ではなく「冴ゆ」なのは、縛りNo.5が主な原因です。(全然解説にあがってないけど、かなりあちこちに影響している縛りNo.5。ちなみに地味に「成す」が重複使用でアウトです。)
 『渦』にはちょっと苦労させられてて、というのは「古語」で調べてもさっぱり出てこなかったからです。粘りに粘り、万葉集に「渦潮」という単語を発見したので採用した経緯があります。これってつまり万葉集の時代から表記も意味も変わらない、シーラカンスのような単語ってことなのでしょうか。「渦」、侮りがたし。
 最後の文、『こころ凝(こご)りて滾(たぎ)つ氷(ひ)ぞ』にはちょっと面白い豆知識があります。実は「心」も「氷」も、「凝(こご)り」が語源であるという説があるのです。これが正しいのなら、同じ概念から生まれた3単語を使って一文訳せるということになりますね。
  こころ凝(こご)りて氷(こほり)なり
 なんてね。
 スクリーンのエルサもとうとう佳境。最後のサビが始まります。

23パート目
出典 本文
原文 I'm never going back, the past is in the past
原文訳 もう決して戻らない。過去は終わったの
公式訳 輝いていたい もう決めたの
先方訳 ゆめ帰るまじ 悔ゆるものかは
私訳 いざや帰るまじ 今ぞあらた
単語 品詞 意味
いざや 感動詞 どれ。さあ。自分が行動を起こすときに発する。
帰る 自動詞 「帰る」の終止形。戻る。帰る。
まじ 助動詞 [接続:終止形] 決して…ないつもりである。
副詞 たった今。ちょうど今。
係助詞 [接続:諸々] 強意の助詞。受ける言葉は連体形。
あらた 形容動詞 新しいさま。今までなかったさま。
直訳 さあ、決して帰るまい。今が新たな時だ。

 『まじ』 came back.
 こういう文だと映える助詞ですよね。打消意志、「決して…ないつもりである。」には格好良さすら感じます。
 Shibata様の訳にある『ゆめ』は、漢字にすると「努」。下に禁止・命令を伴うと「決して。必ず。」となる副詞なのですが、ここだと下に打消を伴った「まったく。少しも。」のほうなのでしょうか。ちょっと判断がつきませんでした。直訳すると、「少しも決して帰らないつもりである。」となるのかな。もしくは呼応は関係のない「つとめて」のほうかも知れませんね。
 後半部分はかなり悩んで、「過去を切り捨てる=現在から始まる」と意訳しました。過去に焦点を当てるとどうしても暗くなっちゃうので。前向きで清々しい、このパートのエルサの明るさを表現したかったためです。
 公式訳も見事ですね。『もう決めたの』は開放感に満ちあふれています。
 Shibata様の訳はちょっと重々しいですが、代わりに渋い魅力を内包しています。終助詞として使われた連語「ものかは」は強い反語を意味しているので、「悔やむことなど絶対にない」という決意のほどが窺えます。
 王冠を手に取り、まだ少し躊躇するような表情でそれを眺めたあと、今度はキッと前を見据えてからニヤリと笑い、再び王冠を一瞥。腕を大きく動かして、放り捨てる。投げた反動でくるりと回って、じわじわと噛みしめるようなガッツポーズ。この一連の動作の流麗さ。アニメーションの真髄を見た心地です。

24パート目
出典 本文
原文 Let it go, let it go
And I'll rise like the break of dawn
原文訳 そうよ気にしなくていいじゃない。私は夜明けのように上昇するの
公式訳 これでいいの 自分を好きになって
先方訳 ままよ、ままよ 春はあけぼの
私訳 誰(たれ)ぞ 我や さしあがる日のやうに
単語 品詞 意味
名詞 だれ。
係助詞 [接続:諸々] 強意の助詞。受ける言葉は連体形。
名詞 私。自分。その人自身。
係助詞 [接続:諸々] …(だろう)か、いや、…ない。反語の意。
(あら) 自動詞 「あり」の未然形。いる。
(む) 助動詞 [接続:未然形] 「む」の連体形。…だろう。推量の意。
さしあがる 連語 「差し上がる」の連体形。(日や月が)昇る。
やうに 助動詞 [接続:名詞+の] 「やうなり」の連用形。…ように。願望の意。
直訳 私以外の誰が私であろうか。昇る日のように。

 この文法はさて、合っているのでしょうか。戦々恐々ながらも使うという。
   『誰ぞ我やあらむ』
 合ってるかなぁ。合ってて欲しいなぁ。
 開放感が少ないのでどうかなとも思いつつ、決意を込めたこれにしてみました。
 (こっそり『我』縛りNo.5違反だけど気にしない。)
 後半部分はやっぱりあれこれ試行錯誤したあと、けっこう直訳に近いものに。「立ち昇る太陽のように…でありたい」、みたいな省略を伴った一文です。
 さて……。
 Shibata様のほうは、なんて書き出したらいいものか。
 たぶんここ、いい意味での悪ノリなパートですよね。『枕草子』の出だしの文。
 おそらく悪ノリだろうとは理解していますが、批判を恐れず、正直に自分の感想を書き連ねたいと思います。
 『春はあけぼの』。有名な一文です。あまりに有名な一文なので、作者の意図がどうであれ、どうしても本歌取りとして見られる一文ではないでしょうか。
 本歌取りは、引用元のイメージを良くも悪くも読み手に意識させるもの。僅かな字数で膨大な情報を与えることができる省略文学の最終奥義のようなものです。
 そして、ここでは、その本歌取りをもってしてやってきた膨大な情報がストレートパンチを浴びせてきた……そういう印象を覚えます。
 『Let it go』がどういう歌なのか、『枕草子』がどういう作品なのか、知っていれば知っているほどダメージは大きいでしょう。
 『枕草子』は「をかし」の文学。つまり客観的であり批評を旨とします。対しての『Let it go』は主観であり、「もう気にするのはやめましょう、過去は捨て去って前だけ見るの」と”あえて”一方に目をやらず自分を奮い立たせる歌です。
 最初は自信なげに戸惑いながら割り切りを決意し、現状をポジティブに受け入れ始めたエルサに対して、客観・批評の『枕草子』は、しかも最後のサビのパートでのこれは、冷や水を浴びせて勢いを殺した感がぬぐえません。
 ”dawn”は『あけぼの』です。そこに間違いはありません。ないのですが……別の本歌がよかったなぁ、というのが正直な感想です。
 とはいえこれはあくまでも「私の評価基準」での話です。色んな古典を混ぜ込んで作ることを信条としているだろう作品でこの指摘は無粋というものです。
 ただ、ああ、でも……最終奥義の本歌取りがこれというのは、やっぱり勿体無い……。
 本歌取りをする余裕が全くなかった私が言うのもあれですけどね。
 さあ、スクリーンのエルサに視線を向けましょう。
 髪をかき分ける仕草がとにかく好きなのですが、賛同者はいますでしょうか。ドレスが裾元から凍り始め、シンデレラのように変身していくシーン。”rise”のシーンですね。

25パート目
出典 本文
原文 Let it go, let it go
That perfect girl is gone
原文訳 そうよ気にしなくていいじゃない。完璧な女の子はいなくなったの
公式訳 これでいいの 自分を信じて
先方訳 ままよ、ままよ 谷の底なれ
私訳 誰(たれ)ぞ 我や み子はた果てぬ
単語 品詞 意味
接頭語 [接続:名詞] 《美/深》美しい、立派な、などの意を添える。/《御》神仏、貴人などであることを示し、尊敬の意を添える。
接頭語 [接続:動詞] 語調を整え、意味を強める。
果て 自動詞 「果つ」の連用形。終わる。修了する。死ぬ。息を引き取る。
副助詞 [接続:連用形] 「ぬ」の終止形。…てしまった。完了の意。
直訳 私以外の誰が私であろうか。立派な子は死んでしまったんだ。

 ”gone”が出てきたのなら「果つ」を使うしかないじゃない。
 という、心のよく解らない声に従って突き進んでみました。
 音数が全く足りない状態だったのですが、そこはそれ。日本には長い長い歴史を持つ和歌文化があるため、語調を整えるのはお手のものです。接頭語「み」「た」
 『み子』だと、「巫女」や「神子」を連想しがちですが、ここでは「深子」または「御子」を意図しています。
 「た」のほうは、『た果てり』。接頭語がどういった動詞につくのか、調べてみても詳細は判らなかったのですが、どうも「た」はわりと節操無く色々な言葉にくっついているので、きっといけるんじゃないかなぁと思っています(願望)。
 Shibata様のほうは、素直に訳すと「谷の底にあれ」となるのですが、おそらくこの一文は次の文も含めての一文かなと。「谷の底にあっても」。
 さて一方、スクリーンでは。”girl”はいなくなったという言葉の通り、氷のドレスを纏ってモデル歩きするエルサが見えます。その様は、荘厳なオーラすら放っているようです。もはや最初とはまるで別人です。
 男子三日会わざれば刮目して見よ。女子だときっと三分なのです。

26パート目
出典 本文
原文 Here I stand
In the light of day
原文訳 私はここに、この日の当たる場所にいる
公式訳 光浴びながら
先方訳 蓮はたふとからずや
私訳 ひかり此処にあり
単語 品詞 意味
- - -
直訳 光はここにある。

 いやぁ、もうなんと表現すればいいものか。
   『蓮はたふとからずや』
 素晴らしいクライマックスではないでしょうか。
 「例え谷の底にあったとしても、どうして蓮が尊くないことがあろうか」 蓮といって連想されるのは仏教ですね。まさにこの言葉の通り、泥水の中にあって美しい花を咲かせる蓮は、智慧や慈悲の象徴として尊ばれています。如来像の台座が蓮華なのも有名な話です。
 本当に、なんと言えばいいのでしょう。
 こんな素晴らしい一文でクライマックスを締めるとは。
 正直、太刀打ち出来ない力強さを感じます。私には手放しの賞賛しかできません。
 私のほうもどうにかこのクオリティに近づけないものかと試行錯誤しましたが、結局、ごくごく普通に訳になってしまいました。
 しかも、ごくごく普通の訳だというのに、本作品中屈指の難易度を誇ったという。
 理由は、
  ・ふたつの意味(ここに立っている/日の光の中にいる)が入っている
  ・なのに、音数が3+5音である
  ・しかも、ばっさり言い切る形になっている
 なんてひどい。
 最後が何気に曲者で、含みを持たせるのが大得意な日本語には天敵みたいな存在に感じます。しかも古語だと、やり過ぎると武士っぽくなるのでなおつらい。
 結局、意味はひとつ削ってしまいました。
 そんな訳で、このパートには無念があります。けれど、打ちひしがれている訳ではありません。なぜなら、ごくごく普通の訳にもきちんとメリットは有るからです。原文と同じ意味であるということは、すなわちスクリーンのエルサに一番合った言葉であるということなのです。
 朝の光を目指して歩くエルサには、『ひかり』という単語はとてもマッチしています。
 エルサが輝いているのなら、それはそれでいいことだ。そんな風にも思っています。

27パート目
出典 本文
原文 Let the storm rage on
原文訳 嵐よ吹き荒れなさい
公式訳 歩き出そう
先方訳 風よ吹け
私訳 風巻(しまき)なれ
単語 品詞 意味
風巻 名詞 風が激しく吹き荒れること。また、その風。
なれ 接続助詞 [接続:体言] 「なり」の命令形。…である。状態の意。
直訳 風よ吹き荒れろ。

 多数決すら瓦解して、じゃんけんならアイコの状態に。
 『風巻』を使いたかったんだ。悔いはありません。(これに関しては)
 当初は『野分(のわき)』で考えていたんですが、秋の風(ぶっちゃけ主に台風)のことなのでこちらにしました。『風巻』のほうは、平安当時は不明ながら、現代感覚では「雪しまき」の意味合いが強い単語であり、「雨や雪などを含んで激しく吹きつける風。」という意味もあったりします。
 ”Let the storm rage on”のパートは3パート。なんとなく、語尾が下がり調子のメロディに『風巻なれ』は合わないように感じたので、唯一上がり調子のここにだけ当てはめてみました。
 あと、最後だけ言うことが過激になるのも面白いですしね。
 さて長かった歌詞解説も次で最後です。どうぞ最後までお付き合いを。

28パート目
出典 本文
原文 The cold never bothered me anyway!
原文訳 寒さで悩むことなんてありえないわ!
公式訳 少しも寒くないわ
先方訳 などかは寒かるべき
私訳 凍つれど何(なに)しならず
単語 品詞 意味
- - -
直訳 凍っても何ということもない。

 さあ、最後のエルサのドアップです。
 自信たっぷりに歌い切ります。そして後ろを振り返り、”door”をバタン!
 いいミュージカルでしたね。
 解説はすることがない気がするのですが一点だけ。
 ちょっと以前に出てきた”The cold never bothered me anyway”のときのエルサを思い浮かべてみてください。そのときにあった「お茶目さ」がここでは鳴りを潜めていますね。
 なので、このパートではShibata様の反語が一番マッチしています。ここだけそちらに差し替えるのも凄くいいんじゃないかなと思っている次第です。
 まったく同じフレーズなのに意味合いが変わるというのは、歌の面白いところですよね。
 何はともあれ、エルサ、お疲れ様でした。
 約4分弱の短いようで長い旅がこれで終わりました。


◆おわりに
 本当にこんな長文を長々と、最後までお付き合いありがとうございました。
 Shibata様にはより一層の感謝を。ときには辛口の批評をしてしまいましたが、真剣に批評したくなるほどの素晴らしい訳でした。

 私の訳はどれほどのものなのか。製作中、もっと知識があればと何度思ったか知れません。
 ただ、これだけは胸を張って言えます。
 「私は全力で馬鹿をやった!」と。

 楽しかったです。きつかったけど、とても楽しかったです。
 私はこの『Let it go』という歌が、そして古語、ひいては日本語と、それに伴って現在まで続く日本人の感性がとても好きなのです。
 大好きなふたつの事柄に長く触れられたことが、何よりも楽しかった。
 どうかこの楽しさを、少しだけでも伝えられたら。
 そんな想いをもって、終わりの言葉に代えさせていただきたいと思います。

 ありがとうございました。

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